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[2018/04/02]

太平記ゆかりの鎌倉の名所を歩く その4 地域・観光・歴史

鎌倉幕府終焉の地「東勝寺跡」

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from スタッフ

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【青砥藤綱旧蹟】
宝戒寺から東勝寺跡に向かう途中、東勝寺橋のふもとに「青砥藤綱旧蹟」の碑があります。内容は藤綱が、ある夜、ここで滑川に銭50文を落としてしまい、家来に50文を渡して松明を買って来させて川の中を照らして銭を捜し出させました。仲間は藤綱に「10文を捜すのに50文の松明を買うとは大損しただろう」と言いましたが藤綱は「10文は少ないが、銭が川に沈んだままでは天下の銭を失ってしまう。50文で松明を買えば、松明を商っている町民も得するであろう。合わせて60文の銭が生かされる」と仲間に言ったという説話です。この話に尾鰭が付きまして、家来が実は松明を買わずに、川の中も捜さずに、受けとった50文の内、10文を拾いましたと藤綱に差し出してして40文を着服したというのです。これは、私のような凡人が考えそうなことですね。藤綱は、すぐ嘘を見抜き、改めて川の中を捜させたということです。ただ、藤綱が実在したかどうか不明という説もあります。

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【東勝寺橋】
鎌倉のほぼ中央を南北に流れる滑川の中ほどに架かる橋の名前です。橋名は、この奥の葛西ヶ谷にあった東勝寺(廃寺)に因んでいます。同寺は滑川を外堀とした北条氏の城郭的寺院だったようです。地形的に考えると、この橋の付近しか同寺に入り込む場所はありません。多分、しっかりとした橋は鎌倉時代にはなかったものと思われます。江戸期の古絵図には東勝寺橋の名が見られたようですが、明治期の古絵図にはその名は無く、大正初期の土地に住む古老の話では、川の中に大きな石が5,6個並べられてあり、石の間を飛んで渡っていたとのことです。その後に、葛西ヶ谷が別荘地として宅地開発される頃に橋が架けられたようです。現存の橋は大正13年(1924)4月に建造されたコンクリート製で長さは10.5mのアーチ橋です。アーチ橋は関東大震災の復興時期に数多く建造されましたが、その後は、撤去される橋も多く、建造時の形を残す同橋は希少価値があり、平成14年(2002)には鎌倉市の景観重要建築物等に指定されました。滑川の流れや周りの緑に良く調和して、紅葉の季節をはじめ四季を通じて景色が楽しめます。

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腹切りやぐら(現在はご参拝の方以外は立入禁止です)

 

【東勝寺跡】
宝戒寺背後の葛西ヶ谷には東勝寺がありました。臨済宗寺院です。山号は青龍。開山は退耕行勇、開基は鎌倉幕府三代執権北条泰時です。嘉 禎3年(1237)に泰時が母の追善のために、その墳墓の傍に当寺を建立しました。廃年は明らかではありません。太平記では、元弘3年(1333年)5月22日早朝、稲村ケ崎まで来ると新田義貞は黄金作りの愛刀を海中に投じます。すると、20余町に渡って潮が干上がり、砂浜が広々となり、新田義貞軍は易々と鎌倉に攻め入り、武士の家に火を放ちます。これを見て、ここ東勝寺に籠っていた北条高時以下一門は切腹します。その数は870余人と太平記では伝えています。山腹には“腹切りやぐら”があります。

はじめ禅密兼修の寺であったものが、のち純粋の禅になったようです。 元亨3年(1323)の貞時十三忌供養には、僧衆2030人中当寺からは53人が参加しており、諸寺総計38ヶ寺中十番目に多く、かなりの大寺であったことを知ることができます。鎌倉時代末頃、当寺は北条氏の関連寺院として相当規模の寺院であったと考えられます。南北朝時代にも関東十刹の第三位として寺格は高かったようです。

昭和47年(1972)に葛西ヶ谷中央支谷南側平場に鎌倉市心身障害児通園センターの建設が計画されましたが、この地が東勝寺跡と伝えられていたため、昭和49年に試掘調査を実施。及び昭和50年に第1次発掘調査され、その結果、遺構や出土品から東勝寺跡であることが確認され、保存の必要性があり、同センターの建設は中止となりました。翌昭和51年に第2次発掘調査が実施され、遺構の広がりが確認された。いずれも中央支谷南側平場です。その結果、石畳道、石垣があらわれ、これによって、幕府防衛のための軍事施設的側面のあることを推測され、また青磁以下の舶来陶磁器や古瀬戸・常滑等国産陶器類、銅銭等が発掘されています。平成8年には北東支谷の発掘調査が、平成9年には中央支谷北側平場及び北東支谷にて発掘調査が行われています。こうした成果を受け、平成10年(1998)7月には国指定史跡に指定されています。

『太平記ゆかりの鎌倉名所を歩く』は今回でひとまず終了です。「鎌倉宮」「理智光寺跡」「宝戒寺」「東勝寺跡」と半日で散策できるコースです。機会がありましたら、ご一緒に歩きましょう。他にも、太平記ゆかりの鎌倉の名所は多くあります。これから、鎌倉を散策するのに絶好の季節となります。是非、鎌倉にお出かけください。(かん治)